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サムライレポート

アメリカに渡って18年。Cadence Design Systems社、南 博剛氏

2011/02/03  

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シリコンバレーに滞在していた時に大変お世話になった南さん。
南さんは社会人となり8年ほど日本企業にて勤務した後にアメリカへ出てきて現在18年となる方です。


自己紹介とこれまでの歩みについて教えて頂けますか?


アリゾナでの半年の海外出張のインパクトが忘れられず、
日本帰国後に8年間勤めた半導体商社を退社して93年に渡米。

最初の一年はHawaiiにあるJaims ( Japan America Institute of Management Science )にて、
Global management major をとりながら英語を学び直しました。

卒業後の94年にシリコンバレーにあるスタートアップ企業に入り、
2年後にはそのスタートアップ企業が業界最大手企業に買収。

その後2社のスタートアップ体験を経て現在のCadence Design Systems Inc.には2003年末より勤務。

シリコンバレーにて勤務している間に自身のキャリアも半導体設計エンジニアからビジネスデベロップメント、
そしてセールスと変わっていきました。 


現在の仕事内容と、会社の魅力を教えてください。

北米にある日系半導体企業担当のセールスグループディレクターをしています。 

我々の業界、EDA ( Electronics Design Automation)というマーケットは
一般の人達への知名度はあまり高くありませんが、
世界中にあるパソコン、スマートフォン、携帯電話、家庭電化製品などに使われる半導体を設計する上では、
必ず必要な設計ソフトウエア、IP、設計支援機器を扱っています。

現在勤務しているCadence社はEDAを代表する企業で、
我々の身の回りの電化製品のうちの9割程度の製品には、
設計工程のどこかに弊社製品が使われ半導体や半導体基盤が設計されています。

会社の好きなキャッチコピーのひとつに、
“We are within the things that you can’t do without it.”
というのがあります。


元々、海外で働きたいという志向はお持ちでしたか?

半導体商社に入社したときから、仕事で関わるベンダーのほとんどが海外でしたので、
彼らと仕事をすればするほど海外志向、特に半導体を扱う上では、
世界の中心のシリコンバレーに行きたいという気持ちが強くなりました。

彼らから技術を吸収したいということはもちろんでしたが、
ビジネスのやり方、プレゼンのやり方、すべてが古い日本のやり方しか知らない自分にとっては刺激になりました。

年功序例や男女の区別なく、実力がある人が活躍できる環境にも興味があり、
なぜそれがシリコンバレーでは実現可能なのかを知りたい、
また自身もそこで競争したいという気持ちを強く持っていました。


近年の”若者の内向き化”について、いかが思われますか?

最初にメディアでの若者の内向き傾向を知ったときには、信じられないと思ったのが正直な気持ちです。

私自身が社会人となった80年代の後半は日本の企業があらゆるジャンルで世界を目指して海外進出をし、
そして次々に海外展開に成功していた時代だったので、
ライバルの会社よりも早く、また社内では同期の仲間よりも早く海外出張したい、
海外での仕事をやってみたいという気持ちを皆が持っていたように思います。

94年にシリコンバレーで働くようになった後も、
当時の私自身と同じくらいの年齢(31歳)のいろいろな業種の日本人達に会うことができました。

業種は違えど、海外で活躍したいと思って渡米した元気のある人達ばかりでした。

気がついてみたら、その頃に出会った仲間達は経験を積んで今でもアメリカに暮らしていますが、
その後に続いているはずの世代の人達がおらず、
海外で働く日本人人口ピラミッドの20代~30代前半が大きく窪んでしまったのではないでしょうか。 


アメリカに来て、一番の困難は何でしたか?また、どのようにして乗り越えられたのでしょうか?

アメリカに来たかったのは私自身だったので、
私自身にとっては当たり前に乗り越えなければいけないことでしたが、
日本で生活をしていた家族の環境を変えてしまったことが大きな困難のひとつだったと思います。  

その中にはもちろん英語というコミュニケーションの問題もありますし、
普段の衣食住から人との付き合い、また子供の教育の問題など、
あらゆるジャンルのことで日本ではそれほど大きくないことも、
こちらでは大きな問題になることがいくつもありました。

解決してくれたのは経験と時間だと思います。

同じ問題を解くのに、日本式が通用せずにアメリカ式の回答を最初に見つけるのは手間がかかることですが、
一度解ければ次からはもっと簡単に解くことができるようになりました。

そしてアメリカ式の回答は、
自分自身や一緒に体験した家族にとっても新しい経験として財産になったような気がします。

アメリカに来たばかりの頃に、
家内が日本の知人や親戚に時間を気にしながら国際電話をかけていたことを思い出します。
当時は国際電話料金も高くて、もっと話をしたいけれども、電話料金を気にして手短に話しをしていました。

当時から考えるとインターネットの技術革新のおかげで地球も小さくなりました。
インターネットを使いメールでの連絡はもちろんですし、
たまにはビデオで日本の友達とも気軽に会話したりできるようになるなんて思いもしませんでした。


南さんにとってのシリコンバレーの魅力とは何ですか?

Dynamism , Diversity そんな単語があてはまるのではないでしょうか。 

世界中からいろんな人種の人達が、
ここで一山当てようと自身の英知を駆使して運試しをビジネスの世界でやっているところです。

そしてそういう人達と仕事でも遊びでも関わると本当にいろんな刺激をもらえます。
どんなことにも決断が早くて、直ぐに実行されるところは、待つことが苦手な私にはピッタリです。

『こんな仕事している人しらないかな?』 なんてメールを朝知人に打っておくと、
その日のうちに情報が集まって、その方と一緒にランチを食べたり、
夕食にビールを飲んだりなんてことは当たり前にあることです。
この狭いエリアにいろんな業種の人達がネットワークを張り巡らして活動しているということの象徴のひとつですね。

多分日本で普通に働いていたら、
こんな風に異業種の人とのコネクションは広がらなかったのではないでしょうか。 


今後の予定や将来の夢(目標)について教えてください。

渡米してから18年と、すっかりアメリカだけに馴染んでしまったのですが、
今までの経験を生かして他の国でも仕事ができたらいいと思います。

サムライバックパッカープロジェクトのように世界を旅して廻るような経験は本当に羨ましいですね。
若かったら是非私も…
と、年齢を理由にする大人にならないことが、今の目標でしょうか。 


最後に、日本の若者にメッセージをお願い致します!

内向き化をなんとか打破してほしいですね。 

海外に少しでも出たり、体験してから、内向きでいいかどうかを考えても遅くはないのでは?
と思ってしまいます。 

シリコンバレーで会ういろいろな国から来た若い人達のギラギラした目を見ると、
若さに裏打ちされた新しいエネルギーを感じずにはいられません。  

今後はもっと日本からの若者にもエネルギーをもらいたいですね。 
そして、私たちの世代が体験したノウハウを若い人達にも伝えて一緒にビジネスができたら最高ですね。 

以上、南さんからの御回答となります。

僕がシリコンバレー滞在時には南さんには色々なことを教わりました。

その中で最も興味深かった話は、
シリコンバレーで働く人達は日本の大企業で働いている人達とは意識が違うという話題でした。
シリコンバレーでは、結果を出せない人間は勿論、個人としては実績を出している人間であっても、
部署採算が悪ければ部署が丸ごとリストラにあったり、
急な企業合併によって、リストラにあったりというのが日常茶飯事とのことです。

そんな環境下で働く人達は皆、いつ何が起こっても自分へのオファーが在るように、
強い向上心と危機感を持って仕事をしているとのことです。

これは終身雇用制と年功序列制が根強い日本の大企業とは、全く異なる環境かと思います。
いわばシリコンバレーは弱肉強食な場所ではないかと感じました。

それを印象づけた出来事としてもう1つ、
シリコンバレーでタクシーに乗っていた時に運転手が話しかけてきてくれました。

話を聞くと、どうやら彼は以前、シリコンバレーの企業でエンジニアをやっていたのだそうです。
しかし、リストラに遭って、
そこからは再就職できずにタクシードライバーをしながら次のチャンスを待っているとのことでした。

運転手と話したときに、
「そうか。ここにはこういった厳しい競争があるから次々と新しいモノが生まれる場所になっているのか。」
と僕は思いました。(勿論、要因はそれだけでは無いはずですが。)

南さんが僕に話してくれたことと相まって、
シリコンバレーという場所はただ理由も無く輝かしい場所なわけではなく、
この厳しい環境下で、
数えきれないほど多くの人の苦しみ、辛さ、失敗、そういったモノの上に成り立っているのだと感じました。

だからこそ、世界に名だたる企業やサービスがこの場所から輩出されているのでしょう。

この土地で長らく闘ってきた南さんの話を伺い、シリコンバレーのことを少し学ぶことができました。
そして、僕もいずれシリコンバレーで働いてみたいと密かに思いました。

南さん、ご協力ありがとうございました!
太田 英基

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