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コラム

就活生に贈る、成人式で気づいた大切なこと。

2013/01/15  

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成人式。
それは二十歳の若者が集う場所。

僕の人生にとって大切な日となったのを憶えている。
当時僕は会社の創業から3ヶ月ほど。

大学2年生がもうすぐ終わり、同世代はこれから徐々に就職活動へと入っていく時期だった。
正直、当時の僕の進路は揺れ動いていた。

学生起業したものの、当時は未だ売上ゼロだったのもあり、
「これで飯食っていけるんだろうか?就活もせずにこの道を突き進んでいいのだろうか?」という気持ちが強かった。

特に周囲の大学の友人たちが就活の話題をすればするほど自分は異物なんだなと感じ始めていた。

まだまだ心に迷いがあるまま僕は、生まれ故郷の成人式へと向かった。

東北の小さな温泉街で僕は育った。
小学校の仲間が今日は集まる。
1学年30人ぐらいしかいなかったので、小学校6年間ずっと皆同じクラスだった。
自分の原点は此処にあると確信していた。

久しぶりに再会する幼馴染たち。
「今は何処で何をしているの?」と誰かに逢う度に質問が飛び交う。

すると驚いたことに、皆もう凄まじくバラバラだった。

・デキちゃった結婚した人
・工場派遣で働く人
・ファッションデザイナー目指している人
・介護士目指している人
・幼稚園の先生を目指している人
・実家の牧場を継ぐ人
・実家の大工を継ぐ人
・バンド活動に打ち込んでいる人

6年間、共に学び、遊び、笑いあった幼馴染たち。
彼らは本当にバラエティ豊かな人生を描いていた。

でも、どうだろう?
今、東京で僕の周りにいる友人知人たちは
とにかく、「就職活動で大企業に入社」というのがどうしても強い。
当時はまだ1月ということもあり、特に大企業・有名企業志向が強い時期だった。

小学校の幼馴染と、大学の友人たち。
この違いは何だろう・・・?
少し考えて答えがでた。

ああ、そうか。
大学という場所は類は友を呼ぶ方式とまでは言わないけれど、
似たもの同士が集められて形成されている場所なんだと気づいた。

小学校は生まれ育った場所でだけ集まるからバックグラウンドばらばら。
でも大学は違う。

つまり、皆、同じ方向に向かって泳げという空気感が在るんだ。
それはまるで、海流の流れに沿って泳ぐ魚群の一匹であるかのように。

自分の明確な意識を持たなくても、
「流れに乗ろう」「他の皆もこっちに向かっているから大丈夫だ」

そうやって本当の自分の心と向き合わずに生きる人が多い。

僕の生まれ育った原点である小学校の幼馴染たち、
そこには海流なんて無い。魚群もいない。
そこには個々が生き方を試行錯誤しつつ進むユニークな魚ばかり。

これに気づいた時だった。
僕もひとりの人間として、好きなように生きればいいんだなって。
迷いが晴れた瞬間だった。

この成人式での幼馴染たちとの再会は、
僕の人生から蜃気楼のような「レール」を消し去ってくれた。
そして、迷いなく全力で目の前にある起業に集中していけたのだと思う。

結果、僕は1社も就職活動をすることは無かった。
面接も受けていないし、エントリーシートを書いたことも無い。

起業した会社をそのまま突っ走り、5年経って辞めて世界一周の旅に出た。
帰国して、これからまた新たな挑戦をしていく。
良くも悪くも、僕の前には「決められたレール」というモノは存在しない。
でも、きっと誰よりも人生を楽しめていると思う。

繰り返しだけれど、一言だけ、就活生の皆に伝えたいことがある。
「海流の流れに沿って泳ぐ、魚群の一匹とならないこと。」

人生は一度しかない。
誰かと同じだから?時流はこっちだから?本当にそれでいいのだろうか?
社会の流れ、周囲の人の流れ、そんなモノは無視して構わない。

一番大切なのは、自分の心の声と向き合うこと。
その結果が「誰かと同じ」であったり、「時流」であっても、それは胸を張って良いこと。
じっくりと考えてみて欲しい。

以上、7年前にどう生きていくか迷っていた者より。

太田英基
@mohideki@Facebook

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